👉「ごんぎつね」の読めない小学生たち うーん どうなんだろうね

 

 

兵十が葬儀の準備をするシーンに「大きななべのなかで、なにかがぐずぐずにえていました」という一文があるのですが、教師が「鍋で何を煮ているのか」と生徒たちに尋ねたんです。すると各グループで話し合った子供たちが、「タヒんだお母さんを鍋に入れて消毒している」「タヒ体を煮て溶かしている」と言いだしたんです。ふざけているのかと思いきや、大真面目に複数名の子がそう発言している。もちろんこれは単に、参列者にふるまう食べ物を用意している描写です。

 

うわー、まじかよー、そんなことあるのかよー、ホラーじゃんー、サイコじゃんー、って言われてますが、小学生と物語文を読んでいると、あるあるですね。

 

想像の斜め上の読み違えをしていたりね。

(たしかに、を、たかしに、に空目して、「先生、たかしくんって誰ですか?と聞かれたこともあったよ笑)

 

今回のこの話題は、現代サスペンスミステリになじみ深い子だったのかもしれない?笑とか思うなど。

 

よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。「ああ、そう式だ。」と、ごんは思いました。(原文)

 

ここねー、原文で、

「ああ、そう式の準備だ。」と、ごんは思いました。

 

としてくれていたらね。読み間違わないよね。よそいきの着物を着て(来客がある?)女たちが準備(来客にふるまう食べ物?)をしている、と読み取れたと思う。

 

原文そのまま読むと

ぐずぐず何かが煮えている=そう式だ、ではなく

ぐずぐず何かが煮えている=そう式の"準備"だ、としてほしかったよ。

 

主人公の発言の「  」の中身はマーキングしてしっかり読み取るでしょ?「ああ、そう式だ。」=煮ているシーン イコール 葬式だと読み取ってしまったわけよね?

 

「大きななべのなかで、なにかがぐずぐずにえていました」(原文)

さて、「なべで煮ているものはなんでしょう?」って聞いちゃう先生も先生だよって思います。聞き方よ。深読みしちゃう子もいるよね?

 

「なにかがぐずぐずにえていた」

うーん なにか が 主語でしょ、そのなにかが、煮えている。ぐずぐずと。敢えてなにかと言ってぼかしてる?はっきりと描写することができないなにかなのかもしれない?と思ってしまったのかな。

 

ぐつぐつというほど火力は強くなさそうだけれど、ことことというほど弱くもないし、そこそこの火力でしっかり煮込んでいる感じはするよね。なんだろうね。たぶん食べ物かね?大きな鍋だって。食べ物だとしたら大人数ぶんかね?とか、生徒さんと話をするかなぁ、私なら。

 

家で葬儀を行い精進落ちの料理をふるまう文化はもうなくなり、今は斎場、葬儀場で行われるものとなっているのに、古くはどうしていたかまで知識を持っていないといけないのかな?注釈くらいはつけてあげたい気もするけどな?

 

この「ごんぎつね」の読み取りについては、いやーしかたない部分もあるよー、と思いつつ、文化や常識を身に着けている子のほうがすんなり文章を読めるので、日頃からいろいろ見聞きさせるのが大事だなとも思いました。生まれてから今まで見聞きしたことをもとに、解釈していくはずですから。

 

しかしなぁ…なんでそう読んでしまったんだろ、最近の小学生は読解力がない、って言う前に、子どもに寄り添う家庭教師でありたいなぁ…

 

教育者は、思いを巡らせて欲しいよ。