👉できなくて当然 できることをこつこつやろう 子どもに多くを求めない


私、大学時代の4年間、某大手中学受験学習塾でアルバイトをしていました。中受のあれやこれやを見てしまっていたからこそ、「わが子には中学受験はさせたくないわ」と思ってしまい。(低学年のお子さんをお持ちでこれから中学受験の準備しようかなと思っている親御さんが、二月の勝者読んでしまうと、うわぁと思わないのかなって、心配している。)当初、中学受験、させるつもりがなかった。

 

でも、新5年になるころ、突如、本人が「中学受験したい」と言い出し。

 

娘の中学受験、正直ひるみました。

 

「え?みんな4年生から塾行ってるよ?今から?今からやるの?かなり不利だよ?4年生よりも前から塾行ってる子もいるのよ?今から?やめたほうがいいよ?夜遅くまで塾よ?帰ってきたら9時すぎて9時半とかよ?ねえ過去問見てみて?偏差値50の学校でこれよ?解けそうだと思う?あなた本当にこの勉強やりたい?私はやりたくないよ?」と、しばらく反対していました。学問とは別の道に進ませることも考えていたし、どう見ても文系なので英語が試験科目に入る高校受験のほうが有利かもしれないと思っていたし。私は英語の教員免許を持っているので、英語を教えて高校受験のほうが有利だと思ったし、中学受験の算数の難しさは異常だと思ったし。

 


でも、やるとなったらしっかりサポートしてやろうと腹をくくって、中学受験準備を5年生から始めたのですが、今となっては、結果オーライですが、出遅れだったからこそ、よかったのかもしれません。


「やってないんだもんできるはずないよ。」

 

「出遅れスタートなんだもん仕方ないよ。」


「週テストはできる問題だけ解いてきたらいいよ。」

 

と、「できなくて当然」だった。

 


出来不出来で島津ることはなく。なぜできないのか問い詰めたり叱ったりすることもなく。できなくて本人が泣くことはあったけど、泣いてもできるようにならないんだし泣くのやめてくれよと思っていました。


(あーあ かなりのビハインドだよこれどーするよー)

(でも焦っても仕方ないんだよなー)

 

と私は開き直っているところはありました。子はできないのが悔しくて泣いていたけど、泣いてもどうにもならないよ、と思っていました。成績の良し悪しよりも泣かれることや八つ当たりされることがしんどかったな。できなくてあきらめるのではなく泣きながらでもがんばれたのは偉かったと、今となっては思うけれど。泣いてもできるようにならないから泣かないでくれよと思っていました。

 

当初行きたいと思っていた学校は、偏差値58あたりの、とある学校でした。

 

5年からチャレンジするなんて無謀な気がする。でも、コツコツやれば手が届くかもしれない、勝負は5年後期からだしね、と思っていました。それが、よかったのかもしれません。


多くを望まない。目の前のテキストだけに集中してとにかく片づけていこう。毎週毎週、週テスト問題集Bコースまではしっかり取れるようにやっていこう。無理せず手の届く範囲でご縁があった学校に行ければいいよ。とにかくテキストをしっかり仕上げていこう。手伝うから。算数は解き直ししやすいようにノートに貼るし、国語と社会の漢字のお手本も書くよ。全教科わからないところは一緒に解くよ。そんな感じで過ごして、5年生の終わりには、Sコースに入れるくらいになっていました。

 

よそのお子さんと比べることなく、塾の先生の言うことに流されることもなく、目の前の問題をどうやったら我が子が解けるようになるんだろう、我が子がしんどい思いをせず効率よく成績を上げるには何を手伝ってやったらいいだろう、それだけ考えて日々過ごすのも、一つの策だと思います。

 

試験本番、目の前の問題が解けるか解けないか、ただそれだけなんですから。

 

塾ではいろいろ学ぶだろうけど、結局のところは、志望校の問題が解けるようになるために通っているんですから。勉強疲れちゃったな辞めたいな、となったら、塾の一回や二回休んでもいいじゃないですか。